筆 者:今井 淳二郎(マニュモビールズ代表)


最終回「言葉を追って、本道へ

第35回「来た道と行く道

第34回「3つの“チ”ー秩序、力、調和についてー

第33回「到達、そして伝達

第32回「待つ

第31回「製品を作る意義

第30回「花火と戦火

第29回「虹を探して

第28回「もはや空洞ではない

第27回「センサー

第26回「また始まり

第25回「下手なクリシェ

第24回「冬が好き

第23回「日本らしさ、自分らしさ

第22回「弱々しい素材から放たれる、痛々しいぐらいの強度

第21回「イマジンが鳴る

第20回「続けるということ

第19回「アマンディーナ

第18回「子どもでいるということは

第17回「実写版ジョジョの奇妙な冒険なのか

第16回「本物の空を見つけられないでいる

第15回「カジュアルな個人と小集団、新たな循環

第14回「サッカーと世界の相似性

第13回「小さな水族館に気づかされたこと

第12回「時は語る

第11回「Arts and Crafts, and …

第10回「当たり前のことに喜びがある(しかも、全て無料)

第9回「夢の中でも

第8回「エコノミュニケーション

第7回「まず始めに言葉がある

第6回“強さ”についてのささやかな考察

第5回「新しい働き方(あるいは、差異のゆるやかな消失)

第4回「幽霊が漂着する場所

第3回「デザインの歴史をふまえて思ったこと

第2回「作り手と売り手

第1回「テレビ

最終回「言葉を追って、本道へ」


長らく続いたこのコラムも、今回で最終回にしようと思う。もう「道草」をする気が起きなくなった、というのが大きな理由だ。モビールだけでは表現しきれなかった部分を言葉にしてきたつもりだけど、もうモビールだけで十分表現できてると思えたから。言葉による道草をするよりも、モビールと共に本道を歩いた方が良い。やっとそう思えるところまで来たんだ。

 

以前にも書いたことだけど、モビールの前に言葉があることは間違いない。その言葉をモビールに織り込んできた。そして、経済のサイクルの上にその言葉たちを並べて、あとは潮の満ち干きにも似た、売り買いの往来に任せるだけ。誰かの手元に届いたり、届かなかったり。気に入って大事にしてもらえたり、気に入らずにメルカリに出品されたり。

 

全てはコミュニケーションだ。言葉、あるいは言葉が織り込まれた何かを媒介にした。僕の場合は、それがモビールだったということ。そして、もう余計な言葉を費やさなくても、それだけで多くの人(赤ちゃんも含む)とコミュニケーションが取れると思えた。

 

最終的に残る言葉は少ない。シンプルで、誰もが分かっていること。その言葉を、製品へ織り込んでいくだけ。もしかすると、頭の固い人がこう言うかもしれない。「しかし、織り込むったってどうやって?そんな工場がどこかにあるのかい?」と。

 

あるはずがない。言葉を製品に織り込む工場なんて。この先、ロボットが発展したところで、せいぜいドラえもんの暗記パンや、岸辺露伴のスタンドのように、物理的な文字をあらゆるものに転写するぐらいだろう。

 

物理的ではない言葉。

それを製品に織り込むという意味とは?

 

その試みを長い時間をかけてやってきたつもりだ。そして、余計な言葉を費やさなくても、モビールだけで表現できてると思えた。モビール自体に織り込まれた言葉も、シンプルなものにまで削ぎ落とすことができたと、今でこそ思える。

 

まだまだここからだけど。

ひたむきに言葉と向き合いたい。

シンプルに削ぎ落とされた言葉を製品にして、多くの人へ届けていくこと。

これからも、それを続けるだけ。

 

もう言葉と戯れるだけの「道草」は終わりだ。

本道を歩いていこう。

(2018年7月)